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2008年06月08日

トレイルランナー 松本大

HAGLOFSがサポートするトレイルランナーの松本大が6月8日、群馬県で行われた赤城トレイルランニングレース ロング(28km)の部で優勝しました。
昨年度優勝者よりも約10分ほどタイムを縮め、2位との差を約17分離した圧勝です。

Comment from 松本大

ロング(28km)に出場して優勝することができました。
身体の調子はベストには程遠かったんですが、鏑木さんからアドバイスを受け、ペース配分を工夫した結果だと思います。
とりあえず、今シーズンの初戦で幸先の良いスタートをきることができました。この結果に満足せず、ひとつひとつのレースで満足のいく走りをしていきたいです。
次は6月29日「志賀野反トレイル」の短い方(16km)です。今回のレースよりはレベルが上がると思いますが、地元なので勝ちたいと思います。
Dai-matsumoto.jpg

2008年06月22日

松原 秀尚 HAGLOFS

みなさんバイダルカと呼ばれるボートを聞いた事はあるでしょうか?

バイダルカとは今で言うシーカヤックと同じ形をしているボートです。
ですが、現代のシーカヤックと違いバイダルカはボートに海獣の皮を使用しています。

アラスカからカムチャッカに広がるアリューシャン列島の先住民族 アリュート族が
アザラシの皮を使い製造していたのがバイダルカです。
そのバイダルカの復元をしている方が松原秀尚さん。
松原さんは夏はバイダルカの復元や、カヌー、パドルの製造をしているクラフトマン、冬は犬ぞりツアーを行っています。

今年から夏はシーカヤックを本格的にやりたいと思い、ちらっと松原さんのブログを拝見すると、
こんなものが。
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あまりにもきれいすぎて見入ってしまいます。
これは松原さんがバイダルカの為のシングルブレードパドルをヤチダモと呼ばれる落葉高木から削りだし、二風谷の木彫師、高野繁廣さんにアイヌ彫りをお願いしたものだそうです。
松原さんが削ったパドルのシェープと高野さんのアイヌ彫りが合わさりあまりにも神秘的です。

いつか僕もこんなパドルを握り海の旅をしてみたいものです。

嵐洋

2008年07月03日

Field Report from 山本健一 トレイルランニング

6月28日に開催されたOSJ 志賀野反トレイルレース。
40キロの部に山本健一さん、15キロの部に松本大さんがエントリーしました。

レースは天気予報の期待を裏切る事なく前日の晩から雨。朝には大雨となって出場選手の身体を痛めつけていました。大会は40キロの部が当日の朝、雨の影響で26キロに縮小が決定。レース終了後の選手に話しを聞くと、トレイルを走るというよりも沢登り沢下りのようで非常に危険な状態だったようです。

松本さんは1ヶ月前に開催された赤城トレイルレースで優勝していたため、今回も期待を裏切る事なく2位との差を10分ほど話してのダントツ優勝。
matsumoto.jpg

驚く事にビブナンバーは1111。見事なエントリーです。


山本さんは1位の選手から9分遅れの5位入賞。その後の後続は10分送れ、5位までのトップ集団が以下に早かったかがわかります。

以下、山本さんからのレポート

『今回のレースはトレイルレースというよりアドベンチャーレースに近かったですね。
スタートから水たまり、あるいは泥(沼)、はたまた河川?の連続でまるで陸上競技の3000メートル障害みたいでした。倒木を越えて水たまりに落ちる、みたいな。とても楽しかったです。稜線では横殴りの雨風に体温を奪われて、その瞬間、ウエア間違えたな(汗)と思いました。今回はロングスリーブで行くべきでした。手の感覚もなくなり、ジェルの封を手で開けることができませんでした。グローブも必要だったかな。
下りでは、普段あまり転倒することは無いのですが、今回は10回以上こけましたね。場所によってはなんにもグリップが効かない状態でした。あとは笹地で足場が見えなかった区間は非常に怖くて、スピードダウンを余儀なくさせられました。コース後半の下りはもうウォータースライダーでとっても楽しかったです。
なんといっても一番の失敗は、コース距離の短縮にスタート前に気づけなかったことでした。ジェルも10個も持って行ってしまいましたし、水も1.5リットルも持っていってしまいました。
とにかく次からは、スタートする前にまわりの人に「コース何キロ?」って質問することにします。』

『野反湖はめちゃくちゃ寒かった!!』
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2008年07月23日

トレイルランナー 山本健一 part 2

7月20日に長野県王滝で行われたOSJウルトラトレイル100KにHAGLOFS ランナーの
山本健一さんが出場しました。
前回の志賀野反でコースが雨のため縮小され、自分の力が100%発揮できなかった
ので今回のレースに参戦したそうですが、彼にとっては100Kは未知の世界らしく、
僕としてはこの人無謀だなぁと思っていました。

前日にブースを出す為に19日の朝6時に横浜を出発したのですが、既に夏休みの渋滞は始まっており、いきなり約40kmの渋滞に巻き込まれます。
途中立ち寄ったサービスエリアも大混雑。いつもより観光バスが多いと思っていたら、
そのバスに書かれたプレートには「富士登山ツアー」。よく見ると富士山行きのバスが
何台も何台も連なっていました。 今年は富士山大ブームですね。
渋滞をかき分けながらやっと王滝に到着。 時間は既に3時を回っており。
他メーカーの人たちの冷たい目をヒシヒシと感じながらテント設営。

今回の定員枠は400人だったそうなのですが、参加選手は全部で320人ほど。
やはり100Kmは走るには勇気がいりますよね。

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レースは20日の正午0:00にスタートで、「スタートを見送ってから車の中で仮眠を」っと
甘い考えを持っていたのですが、その考えが木っ端みじんに崩れ去ります。
なんとパワースポーツの人たちがプレスツアーをしてくれるというありがたい
お言葉をいただきテンションが下がります。
それもそのはず、僕と今回同行してくれた営業部の真紀ちゃんは仕事で前日の夜全く寝ていません。
2日連ちゃんで睡眠なしはさすがにきついですよね。

とはいうものの、スタートを見送って僕たちは会場に撤退。朝の5時に第3関門に行き観戦する事に。
これでも睡眠時間は2時間ほど。ひたすらきつかったです。

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第三関門付近の河原で睡魔に負ける真紀ちゃん

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水があまりにも奇麗だったのでパシャリ!

さてそろそろ、山本さん情報を
山本さんは第1関門では10位前後につけ様子をうかがいながら、後半飛ばすという
彼の得意とする戦法で走っていたそうです。 彼は緊張もせずに第1関門で一人だけ
飯をがっついていたという情報を観戦していた人から受けました。

レースの内容に関しては彼からのレポートでお届けしますが、彼は後半追い上げなんと6位で完走。
ロングはこれまでに走った事がなく、参加を決めたのは大会の1週間前で身体の調整ができていなかったのですから大健闘です。
ゴールの会場近くには最後に大きなコーナーがあります。アナウンスで
「山本健一が6位でこちらに向かって来ています」というのを聞き、僕と真紀ちゃん、
そして山本さんの奥さん(5ヶ月の赤ちゃんがおなかの中)でその最後のコーナに行き応援を。
がいつまでたってもコーナーに彼は現れない。。。。
するとアナウンスで「山本健一6位でゴーーーール!!!」という言葉が会場に響きます。

「えっつつ!!!」 ゴールを見るとそこには山本さんが・・・・
やってしまいました。。
最後の感動のゴールを見届ける事ができず。そして彼は僕らを探していました。。
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ここからは山本さんから届いたレポートを。

スタートが0:00は皆が辛かったと思います。
嵐洋さん始め、応援してくれている人たちがいたので無事完走することができたの
だと感じています。
本当に応援ありがとうございました。ゴールはみんなで走ってきてくれたので、あれは
あれで嬉しかったですよ。ハプニングみたいな感じもあり、楽しかったです。でも
2回(橋とゴール)応援してくれようとしていたので本当に嬉しかったです。100kは
自分の力だけでは当然走れる距離ではないと思うので、やはりサポートの力はすごいな
と思いました。


さて、レースですが、正直、相当きつかったです。今までで一番かも。100kという距離
があまりにも未知すぎて、事前に全くレースのイメージができませんでした。それがリラッ
クスにつながったのかとも思いますが、とにかく1週間前にエントリーしてからは、わくわ
くと不安で今までにはない不思議な感覚でした。とにかく直前1週間は疲労をとることに専
念しました。
0:00。レースがスタートしてからいきなりトップ選手が飛び出します。私はマイペース
で走りました。ゆっくりなペースなのですが、汗をたくさんかいて、暑いな〜、とかのど乾
くな〜、とか集中がうまくできませんでした。夜明け前の3:30くらいには睡魔に襲われ
たり、ハンドライトの電池が切れたりで非常に危険でした。しかし4:00を過ぎたら、一
気に気持ちが復活し、レースが楽しくなってきました。太陽の力はすごいと感じました。距
離は50キロ弱だったと思います。景色も良く、前にいた選手に追いつき、しばらく話をし
ながら水辺のトレイルを楽しみました。こういうとき、トレランて楽しいなって感じるんで
す。またそんなときが自分にとってレースに集中できているときであり、体の力が抜けてい
るとよく感じます。とても気持ちよいです。レースはそこからあっという間に75キロ。こ
こまでは良かったのですが、ここからは相当きつくなり、関節が痛くなり、何度も立ち止ま
ってストレッチをしました。得意の下りでも全くスピードにのれず、すでに脚が終了してい
ました。ゴールでみんなが待っているとおもい、その気持ちだけで走ったような気がします。
今回も前半ゆっくり、後半とばす、という作戦で走ったわけですが、なかなか思うようには
いきませんでした。50キロから75キロの区間だけは自分でも良い走りができたと感じま
すが、そのほかはとってもきつかったです。けれど、10月の日本山岳耐久レース(ハセツネ)
に向け、良い経験ができたと思います。おんたけ100kは、感覚的には、ハセツネよりは
るかにきついと感じました。脚のダメージは、過去最高にやばかった(関節&筋肉痛い)です。
とにかくありがとうございました。次のレースを楽しめるように、体と心を鍛えます!!!

というわけで彼はハセツネに参戦しますが、期待していてください!

嵐洋

2008年09月11日

横山 忠男 フィールドレポート

HAGLOFS FRIENDSの1人,
トレイルランナーの横山忠男さんが今年度7月に開催された富士登山競争で見事優勝を果たし、
マレーシアで行われた8月のスカイランナーワールドシリーズのキナバルクライマソンでは3位に入る大活躍を見せてくれました。
キナバルのレースは高低差2250mでスタート地点1890m。そこから登りに登って4095mまで駆け上がります。岩で形成されたこの山を2時間半たらずで走り抜けた横山さんから緊迫した内容のレポートが届いています。

以下は彼からキナバルのフィールドレポートです。

高低差2000m、富士山をもしのぐ4095mの東南アジア最高峰キナバル山を往復する山岳レース。今年で三回目の出場となります。
過去4位が最高順位で、今年は富士登山マラソン覇者という看板も背負っている為、目標3位以内とし望んだ大会でした。

富士登山レース後の1ヵ月間は自分なりに満足できる練習をこなし、体調もよく、ここ最近で1番良い状態で望む事が出来ました。

スタートからいつものごとくハイペースなレース展開でしたが、過去の経験から冷静にある程度のポジションで、山に入っていくことができました。
レース中盤はトップとは、既に見えないほどに離れてはいましたが、後半の山くだりが勝負どころだと思っていたので、ある程度の余裕を持ちながら登りをこなしていました。
とはいえ過去の2レースともにくだりでマレーシア人にいっきにさされた苦い経験もあるので、のぼりである程度のマージンは作っておきたいところでした。
森林限界に達し、視界がひらけると前を行く3位の選手がかすかではありますが、捉えることができました。

必ず前を行く選手は抜かしてやろうという意気込みでピークに到達し、くだりへ
岩盤地帯を無心でくだり、オーバーペースである事はわかっていたが、後続のことを考えると、この走りしかありません。
夜に降った雨の影響で、足場はかなりスリップする状態。
下り始めそうたたないうちに、大転倒です。
かなりの出血がありましたが、これでよけいに火がつき足を動かします。

岩盤地帯も終わりに差しかかるところで、3位に順位を上げることが出来、2位の選手ともそれほどの差がないのか、すぐ近くで2位の選手に贈る声援の声が聞こえました。
同じ日本人、大変に強い選手なので、ロードに持ち込んでしまったら太刀打ちできない。
この山でひきはなすしかないと思っていたのですが、前半からのオーバーペースがたたったのか、既に足は限界を超えていました。
案の定ロードで一気にはなされ日本の国旗をもって3位でフィニッシュ

今回のレースは、いろんな面で何ヶ月も前から望んできたレースであるため、達成感、満足感はあったレースでしたが、前に日本人がいたという悔しさだけが残りました。

終了後、足にかなりのダメージが残り、あり現地の病院に運ばれるはめになってしまいましたがこれも勲章です。

       横山 忠男

2008年10月14日

ハセツネ 優勝!!

快挙です。
とんでもない事が起きてしまいました。

第16回長谷川恒男CUP 優勝を飾ったのは山本健一!
しかも大会新記録を7時間39分を叩き出しました。

午後1時レースがスタートします。
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 出走前の山本健一

第一関門でスタンバイをすると、前評判通り横山峰弘が1位通過タイム2時間24分、その後大宮自衛隊の奥宮俊祐、ここでいきなり山本健一が現れます。想定していた通過タイムよりも20分ほど早く第一関門を通過。顔にも余裕がありこの時点では明らかに力が有り余っている様子でした。
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第一関門から本部に戻り、第二関門の通過レポートを確認すると山本健一が3位で通過していました。
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トップとのタイム差を3分に縮め、応援来ていた人の言葉で自分が3位通過している事を知ったそうです。
第二関門で応援をしていた人から話しを聞くと山本はかなり余裕を持ち、水分補給をしていたそうです。

そして第三関門速報が張り出されます。
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一番上の名前はなんと山本健一。
レース後に話しを聞くと、
まず第二関門を通過後、前方に横山、そしてトップに奥宮が走っていたとの事。
追いついた時には既に2人は疲れていたそうで、そのまま抜くと横山がそれに続くように
追走。この時点で山本はまだ余力を残しており、山本が得意とする後半の下りがあったため、ここで
勝利を確信したそうです。

第三関門通過速報が張り出された会場では、ほとんど無名だった山本健一が横山、鏑木を抑えてトップに立っていた事でざわめきます。
会場が異様な雰囲気に包まれ、誰もが何か新しい事が起こるのではないかと期待を抱き始めます。

そして、会場が湧きました。

誰も7時間台のタイムを予想していなかったこのゴール。
そして大会史上一番参加者数が多く、日本で注目度が一番のトレイルランレース。
トレイルランの歴史を変えた山本健一でした。
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写真はかなりぶれています。多くのメディア、観客がゴール付近に入り乱れていたので、押されに押され写真が撮れませんでした。

レース後、控え室でアイシングをしていた時の山本の言葉。
「スポンサー、友達などたくさんの人に支えられたレースで勝利する事ができたこと、そして勝ちを狙いにいきながらも、レースを楽しめた事が本当に良かった。」

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彼には今年の大晦日に第一子を出産予定の奥さんがいます。普段なら奥さんを支える為にご飯等、生活を支えていたのですが、大会2週間前から食事など身の回りの事を奥さんが世話してくれていたそうです。

生まれてくる子供と3人で走り抜けたレース、優勝できたことは彼にとって大きな財産になるでしょう。
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嵐洋

2008年10月18日

Field Report from 山本健一 トレイルランニング

2008 長谷川恒男CUPで優勝した山本健一からのField reportです。
マイペースでいて攻める時は攻める、でも楽しみながら山の中を走るという彼の個性溢れるレースだったようです。彼にとってハセツネはレースであってレースでなかったのかもしれません。

以下レポートです。

 今年はHAGLOFSにスポンサー契約していただき、メンタル面で大きな変化がありました。また今年は応援してくれる方々も増えつつ、プレッシャーを感じながらも、HAGLOFSの「全力でエンジョイ」という楽しい考え方が私の
競技に対する考え方に完璧にはまり、とても楽しんで競技することができたと思います。
 
 さて、レースですが、やってしまいました。誰もが予想していなかった
ことを(もちろん自分も)。

大会新記録優勝。

今でもあまり実感は有りません。目を閉じて、よく考えると、「勝ったのか〜」
と何となく思えます。でも、今までにない満足感があり、嬉しく、ワクワク
した気持ちです。
 レースを振り返ると、ついさっき終わったかのようにいろいろな場面を
鮮明に覚えています。スタートしてから10KmくらいはW-UPのつもりでゆっくり走りました。
スタート前はエネルギーをあまり使いたくなかったので、
ストレッチ程度にしておきました。5Kmくらいいったところで、誰かが塗って
いたのか、コパトーン(日焼けクリーム)のココナッツの甘い香りがプ〜ン
としてきて、これでスイッチが入りました。(私はこのニオイが大好きなの
です)できるだけ嗅ぎまくっていい気持ちになりました。最高でした。
この時点ではまだ女子に混じって走っていました。

本格的なトレイルに入いるとようやく人がまばらになってきました。第1関門はあっという間についてしまい、嵐洋さんが応援してくれていたので、全力で応えました。この応援が力になるのです。

第2関門までは比較的走りやすく気持ちの良いトレイルが続きました。
出発前に自宅で妻に、「調子が良かったら最初から抑えすぎずにとばしなさ
い!」というアドバイスをもらっていた訳ですが、それでもとばしすぎずに
余力をもって第2関門まで走りました。
 
第2関門につくと、A&Fの室田さん(VASQUE)が「トップと2分差の3位だぞ!!」と声をかけてくれ、水を1リットル補給しながら、「いけます!」と応えました。第二関門までのタイムを5時間と予定していましたが、10分以上早かったです。
しかしここからもマイペースで走りました。50Km過ぎで前を走っていた2名の選手を見つけたときは嬉しかったです。すぐに横に追いつき、奥宮選手に「誰ですか?」と聞かれたため自己紹介をしました。
その後ついにトップに立ち、「やべぇ、トップだー」って興奮していました。
 
第3関門にはノースの横山さんとほぼ同時についたのですが、私が一歩先に
足を出しチェックしてもらったため1位という結果が体育館に速報で流れたと
思います。
 そこからは東京の夜景がキレイに見える日の出山で最大の雄叫びをあげ、
ゴールまで全力で体を動かしました。九月に一度、白馬アウトフィールドガイドクラブの江口さんとコースの下見を済ませていたので思いっきりとばせました。最高に気持ちよかったです。

ラスト1Km。アスファルトに出たとき、後ろを振り返り、誰もいなか
ったので「優勝できる!」と確信するとともに、
終わるのか・・・という思いを感じながら全力で走っていたのを覚えています。
 
そしてゴール。全力で飛び込んだため、勢い余ってカメラマンの壁に突っ込んでしまいました。あれはやばかった・・・
でも歓喜のダイブ、気持ちよかったです。
タイムを見ていなかったので後から聞いて、大会新だと知りました。

本当に嬉しかったです。


この大会に向けてかなりの時間を使い準備してきました。練習しているときは
優勝したい、って思いながら必死で練習しました。しかしレースでは優勝しようとは思いませんでした。これまでの経験からスタートラインに立ったときには結果は決まっているのだということがわかったからです。結果より過程が重要で、その過程で財産にしたものをどうやって全部引き出すかが一番大事っていうことが今回のレースでまた改めてわかりました。
結果が決まっているレースなら、「本番は楽しむしかないよなー」って感じです。
また、応援してくれている人たちを喜ばせたいと思いながら走っています。


これからも楽しみながら夢を追い続けていきたいと思います。


             山本 健一

2008年11月10日

フライフィッシャー 井手高太郎

今号のGO OUTでHAGLOFS FRIENDSの一人として紹介をしたフライフィシャーで、バンブーロッドビルダーの井手さんから素敵な写真が届きました。

井手さんの仕事に着いて行き、遊び疲れてお昼寝しているところでしょうか。

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パパのふわふわのダウンで一休み。

嵐洋

2008年11月16日

Field Report from 藤川健 

HESTRAでサポートをしているテレーマークスキーヤーの藤川健さんが
今年の夏からネパールのマナスルに遠征に行ってきました。

先日会社に来て遠征の報告をしてくれたのですが、いろいろと裏話を聞かせてくれました。
自分がなかなか行く事ができない場所へ行った人たちの話しを聞くのはとても面白く、
自分の中にある冒険心をフツフツと湧かせてくれます。

今回は裏話はありませんが、マナスルの写真とともに藤川さんからのフィールドレポートです。

マナスル遠征報告  藤川 健
9月6日より栗城隊マナスル遠征の為に、ネパールへ行ってきました。
今回は自分自身の遠征ではなく、栗城史多のマナスル登山のサポートとして、ベースキャンプからの通信、映像、また山頂アタック時の天候の予測や日時の選定などが主な仕事でした。

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標高8163mのマナスルは、ネパールの首都カトマンズの西に位置し、日本人が初登頂した唯一の8000m峰として知られています。
8000m峰の中では比較的マイナーな山で、通常、シーズンに3〜4隊ほどの登山隊が訪れる程度といわれています。しかし、今年はチベット問題などから中国側の登山許可が出なかったために、エベレスト、チョオユーなどへの遠征を計画していた多くの隊がマナスルに集まったため、ピークで30〜40隊、400人近い遠征隊がマナスルベースキャンプに滞在していました。


9月8日にカトマンズ入りした我々は、当初キャラバンでベースキャンプに向かう予定でしたが、予定を変更しヘリコプターを使いました。
9月11日の車でポカラへ移動、天候待ちの後、15日にマナスルの麓の村、サマガワンへ移動しました。
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標高3400mのサマガワンから4800mのベースキャンプへは19日に移動。
すでにほとんどの隊がベースキャンプ入りしており、栗城隊はかなり遅れてのBC入りでした。
その時点でC3までのルートができており、高所順応も終わって、アタックの天候待ちという隊がほとんどでした。

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このシーズンの初登頂は10月3日、ラッセルブライス隊がマナスル山頂に立ち、その後に続いた多くの隊も登頂成功。
この日だけで20名近く、翌日、翌々日も天候が落ち着いたため、この3日間で40名近くが登頂しました。
その一方でフランス人がC4で脳浮腫になり、シェルパが下ろしましたが下山途中に亡くなりました。この他にもBCに上がる前のキャラバンでは土砂崩れでポーターが2名亡くなっており、今期のマナスルでの犠牲者は3名でした。
栗城隊は順応を終え、10月8日にBC出発。天候に恵まれ12日の9時45分に登頂成功しました。

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その後、10月16日にベースキャンプ撤収、6日間かけてキャラバンでアルガートまで歩き、21日の夜にカトマンズ、日本へは26日に帰国しました。

全員怪我やたいした病気もなく、栗城が登頂を果たし遠征を終了できたのは本当に運に恵まれたことだと思います。

今回の遠征はBCでのサポートが、私の主な仕事でしたが、大きな目的であるスキー滑走もおこなうことができました。
主にベースキャンプ周辺を中心に、時にはC1の上まで足を伸ばして滑りました。

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28日間のベースキャンプ滞在中、スキー滑走は22日。今回はテレマークスキーではなく、山岳スキーレース用のブーツ、ビンディング、そして少し太めの軽量山スキーを持っていったのですが、高所でのシール登行は非常に良い経験とトレーニングになりました。

ヒマラヤへの遠征は、登山、トレッキングが主だった目的で、登山のためのひとつの手段としてスキーを盛っていく人はいますが、スキーを目的にヒマラヤを訪れる人はほとんどいません。

専門的な知識や経験を必要とするヒマラヤ高所遠征は、限られた者の世界のように思われがちです。しかし、通常の遠征のスタイルのように、現地エージェントやシェルパ、ポーターの力をかりれば、ヒマラヤ・スキー遠征というのも十分可能だと思いました。

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スキーが目的であれば、8000m峰のような高所まで行かなくても、5000〜6000m級の山でも十分雪はあるようです。ただ、今までスキーを目的にそのような遠征をする者がいなかったため、どの山がスキーに適した山なのかという情報は、現地の人にもほとんど分からないそうです。

そのようなヒマラヤでのスキーエリアを開拓していくような遠征を、今後おこなうことができないかと考えています。
今回の遠征では、多くのご支援、ご声援、真にありがとうございました。
簡単ではありますが、今回の遠征の報告とさせて頂きます。

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                                2008年11月吉日

                                   藤川 健

2009年01月19日

End of the Line

発売は今年の10月です。

http://www.paradoxvision.tv/html/film.html

説明はあえてしません。
みなさん気になってください。
そしてウズウズしてください。

嵐洋

2009年01月28日

WINTER X GAME

モーグル上村愛子もW杯第2戦で優勝するなど日本人選手の活躍が目立っていますが、またしてもとびきりのニュースが飛び込んできました。
すでにご存知の方も多いとは思いますが、
スキークロスの選手 瀧澤 宏臣がアメリカ・コロラド州アスペンで開催されたXゲームのスキーヤークロスでシルバーメダルを獲得しました。

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海外の選手のレベルが格段に高くなって来ている現状でしかもXゲームで表彰台に立ったという事はとてつもない快挙です。

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以下瀧澤からのコメントです。

現在WinterX Games13に参加の為、
アメリカ・コロラド州アスペンにおります。

本日(25日)にスキーヤーX(スキークロスの呼び名)が終了し、
2位という結果を残すことができました。
初めてエックスゲームで表彰台に上がったのが8年前。
僕がスキークロスに挑戦した1年目のことです。
それ以来の表彰台ということで、
とても嬉しく思っています!!

またようやく皆様にお知らせできる結果が残せたことも
とても嬉しく思っております。


これから約10日間ほど、
レースが無い期間となります。
次戦は2月6日にバンクーバーオリンピックの会場となる
サイプレスマウンテンで開催されます。

ここでもこれまでのワールドカップの鬱憤を
晴らせるよう全力で滑ってきたいと思います。

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嵐洋

続きを読む "WINTER X GAME" »

2009年02月12日

ウィスラーから雪のお便り

カナダはウィスラーで活動をしているスノーボーダー 渡邊雄太から素敵な写真が送られてきました。

以下、彼からのメッセージです。


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やっと報告できる活動がはじまりました
カナダでは雪崩の危険が高い状態が続いていたのですが、ここ数日になってようやく安定してきました。
しかしながら、スキー場ではアルパインに上がれるリフトが今シーズン未だに一度もオープンしていません。
安定したというのは雪が降っていない状態が続いているという意味でもあるのですが・・・
そんな中、できることをやろうと思い、最近は山小屋を使って夜のシューティングを中心に動いております。
他にもCSBAというカナダのスノーボード専門学校の生徒や一般向けに雪崩講習を数回行っています。

次のトリップはキャンピングカーに乗ってアメリカかカナダのネルソン辺りにトリップしてこようと思っています。
                                
                            雄太

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彼の活動はここからもチェックできます。
http://uta.yukigesho.com/

嵐洋

2009年03月02日

Nippon open 2009

POC HESTRA ライダーの応援をしに上越国際に行ってきました。

HESTRAとPOCの看板ライダーである 上野雄大に大注目だったのですが、
なんと前日行われたBIG AIRでランディングに失敗し、HALF PIPEの参加はならずでした。

HALF PIPEの準決勝に残ったHESTRAライダー 川口徹、HESTRA&POCライダーの浦田善哉(通称BULL)も残念ながら準決で敗退し、決勝には上がれませんでした。

うちのライダーが敗退してしまったため、応援すべきは上野雄大の奥さん三星マナミ。
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予選を2位で通過しかなり期待は高まります。
旦那の分まで飛んでこいとみんなから激を飛ばされていました。
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結果はなんと3位。
見事です。おめでとう!

男子の決勝はというと、1月のWINTER X GAMEで優勝したBertoni Xavierが参戦していたこともあってか、レベルが外国人勢のレベルがかなり高かった印象が残りました。
優勝したのはKemppainen AJ、昨年大会2位だったそうです。
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嵐洋

2009年03月09日

雪山日和


まずは上村愛子さん世界選手権優勝おめでとうございます。
リステルに応援しに行っていたのですが、ものすごい人の数で驚きました。
オリンピック並みに人がいます。
すべて愛子さん効果でしょうか、こうしてイベントが盛り上がる事は良い事です。

予選から圧倒的に滑りが他の選手より安定していたので、決勝も安心して見ていられました。
どこかのスポーツ番組でも言ってましたが、愛子さんの滑りは男子顔負けです。

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めちゃ早。
ターンの前ではきっちり抑えてすぱっとバックフリップ。

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優勝決まった直後から、表彰台に上がった時まで会場のお客さんに対してお辞儀しまくる愛子さんですが、本当に謙虚です。
実際に会って話しをしても見た目は普通のかわいい女性。
そんな人が大舞台でとんでもない滑りをするんです。
しびれますね。

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少しさかのぼりますが、
その前の水曜日にはハーフパイプの世界選手権で猪苗代に行ってました。
こちらはそのちょっと前に行われたNippon Openよりも4倍くらい人が入っていました。
残念ながら日本人選手は全滅でした・・・
というかNippon Openで出てた外国選手が猪苗代では明らかにパワーが違った。
Nippon Openは完璧に調整用の大会でしたね。
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眼球が飛び出るほど、観客の度肝を抜くような高さ、エアーを繰り出す外国人選手、
これじゃ勝てないわ、、実感してしまいました。

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POCのヘルメットをかぶってたこいつはダブルバックフリップを余裕でかましてました。
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モーグルの世界選手権を見終わった後は、日本海のきときと寿司を経由して白馬にINしました。

白馬ではてれまくりというテレマークファンのためのイベントが行われていて、フルマークス精鋭部隊が現地に金曜から入り雨の中設営をしていたそうです。
最終日に様子を見に会場の岩岳に上がりライダーたちとスモールトークをしながらテレマークフリークを見ていました。
昼間は板の試乗をしたり、ライダーと滑ったり、ビーコンの練習などなどなかなかの内容のイベントです。

ただ、いろんな人に話を聞いていると僕たちが白馬に入った7日の夜に行われたパーティーがかなりメーカー泣かせの内容のようです。
淡々と夜3時間ぐらい参加メーカーから徴収した協賛品の抽選をしているそうです。
しかもお客さんに全て行きわたるくらいの協賛品の数。

その配られている協賛品の商品説明等はしてくれているのでしょうか。
ブランドの説明等はしてくれているのでしょうか。
とても高価な板やブーツ、ウエアのプレゼントでお客さんたちをイベントに誘致しているようでしかたありません。
イベントを盛り上げること、テレマーク業界を盛り上げるためにイベントを開いているのはすばらしい事です。

ただそのやり方に少し疑問を抱いています。

1週間のうち4日は雪の上に立ってたのですが、一度もブーツを履いていない。。
滑りに行きたい!

嵐洋

2009年03月17日

松尾憲ニ郎 クリフジャンプ

POCとHESTRAでサポートしているビッグマウンテンスキーヤーの松尾憲二郎から
先日アメリカのユタ州にあるsnowbirdで行われたFreeskiing world tourの大会レポートが届きました。

150人強の参加ライダーの中、予選25位、セミファイナル25位、ファイナル9位、スーパーファイナル17位に入っています。
今回かなり躍進した成績を見せた松尾憲ニ郎ですがクリフから飛び出し、ボトムにあった岩にぶち当たっています。
すごい大会ですね。

映像はこちらから。
http://www.superhumanmag.com/content/view/1230/92/

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嵐洋

2009年04月18日

エベレストの麓から

またもや山岳ガイドの倉岡氏から衛生モジュールを経由して連絡がメールが届きました。
現在倉岡氏はBCにて高度順応をしています。
高度順化できてきたかどうかはお酒の進み具合でわかるそうです(笑)

驚いた事にBCには大型のドームテントの中にBAR WHITE PODなる場所が存在していているそうで、ビールの販売やら映画上映とかしているそうです。
なんかすごい場所です。

IMG_2087.jpg

これからエベレスト登頂までの日々が更新されて行く予定です。
なかなか見る事が出来ない世界、覗いてみて下さい。

http://www.hiro-kuraoka.com/

嵐洋

2009年04月22日

今年こそデビュー

朝8時頃なかなか出れないでいた布団と格闘している時、携帯が鳴りました。
フライフィッシャーの井手さんです。

ちょうど都内に出張に着ていたらしくその日の夕方くらいに会う約束をしていたのです。
電話の向こうで彼は「朝から横浜に来る事になって、今から時間があるから会えない?」
とのこと。
僕は朝からケニア大使館に行くはずだったのですが、パスポートがまだタンザニア大使館においてある事を思い出し、一度開いた目を再び閉じているところだったのです。
時間もある事で急遽朝から会う事にして急いで着替えを済まし横浜駅に向かいました。

駅で見つけた井手さんは半袖Tシャツにダウンベストという出で立ち。
寒いのか暑いのかわからない服装ですが、どうやら主張中に洗濯等ができず、残った服がそれだけだったそうです。

スタバに入り、お互いの近況報告をして、本題の仕事の話に。
9月末か10月頃にHAGLOFSプレゼンツでフライフィッシィングのイベントやります。
乞うご期待!

その日、井手さんは荷物の中にフライのロッドを持ってきていました。
その名も六角竹竿高太郎。一本で約30万ほどだそうです。。。
1ヶ月にたったの2本しか作れない高太郎ロッド。
フライのロッドについて詳しい事は現在勉強中ではありますが、ゴルフクラブのように1~10何番まで種類があるようです。
多くの人がロッドを使い分けるのですが、井手さんは4番しか作らないのだそうです。
言い換えると4番で全てができるのだそうです。

どことなしか製品に対する感性がHAGLOFSのそれと似ています。

「せっかくだから振ってみる」という言葉につられてスタバから駅近くの公園にいきました。
明らかに仕事さぼってんだろっていう芝生の上のサラリーマンたちを尻目に、ロッドを取り出し井手さんがパフォーマンス。

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糸がロッドを振るたびに新体操選手のくるくると回すテープのように奇麗に空中を走ります。
僕はいままでフライのロッドを握った事は愚か、釣りというものもあまりした事がないのです。
井手さん曰く「初めに良いイメージを頭に焼き付ければ間違いない!!」だそうです。

ロッドを貸してもらって習ったことを実戦してみるのですが、なんかうまくいきません。
でもたまに糸が スー と奇麗なラインを描いたときの気持ちよさはたまらないのです。

ロッド振っただけでこんなに楽しいとは、、、早く渓谷に行かねば。

こちら井手さんのブログです。覗いてみて下さい。
http://kotaro7rod.exblog.jp/

嵐洋

2009年06月21日

楽しい訪問者

携帯が「プップ」となりとってみると、チェスキー日本代表の狩野君からです。
近くまで来ているから挨拶をとのこと。

狩野君は今シーズンからHESTRAとPOCでサポートが決まった選手で次回のパラリンピックでもメダルが濃厚な選手です。
会社にはこれまたHESTRAでサポートしているチェスキーの森井君。
彼は世界でトップクラスというより実質トップの選手です。

2人の腕を見せてもらうと、僕の5倍くらいの太さがあり、プロレスラー並みの筋肉が光っていました。
ベンチプレスは余裕で100kあげるそうです。恐るべし。

シーズン報告を聞き終え、彼らはおもむろにある者を出してきました。

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左:狩野君  右:森井君

人生で一度もメダルなんかもらった事のない僕に対して自慢するかのように
数々のタイトルを総なめにしたメダルたちです。

真ん中に輝いているのはクリスタルトロフィーです。
彼らの扱いが雑もいいとこで、見てるこっちが冷や冷やしました。

で、その夜は4月にお世話になった屋久島のガイド田平さんご夫妻です。
昼間会社に来てまじめに仕事の話を終わらし、屋久島にいるときから決めていた深山でご飯。
焼酎をかる〜く飲み始めた2人でしたが、旦那のほうはけっこう弱かったようで、奥さんが微笑む横でグロッキー状態になっていました。

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奥さんは酒が入っていないとやさしい方なのですが、酒が回ってくるとまず、僕の呼び方が「嵐洋君」から「嵐洋」にかわり。
上から目線で話をしてくるようになります。

最後の方では旦那を先にホテルに帰らし、一緒に行った営業部の小嶋さんたちと終電近くまで飲んでいたそうです。

面白い方です。

屋久島の話ですが、9月にHAGLOFS QUEENS LESSONを行います。
女性の方限定のイベントで、縄文杉を見に行き屋久島について学び、沢で遊んだり、浜の清掃活動をしたりと、ただの山登りツアーではなく、屋久島を通して自然を学ぶエコツアー。

詳しくはまた後ほどご連絡しますね。

では。

嵐洋

2009年06月25日

HAGLOFS を選んだ人たち

雑誌をちらちら見ている方は既にHAGLOFSの広告が昨シーズンとは変わったと気づいている人も多少いるはず。 
今年の春からのテーマはHAGLOFS を選んだ人たち。
彼らを僕たちはHAGLOFS FRIENDSと呼んでいます。
そんな彼らが自然と対峙した時に感じた事や五感を通して身体の中へ流れ込んできたイメージを言葉に表してもらいました。
また使用している写真は主に彼らが撮った写真です。

雑誌などに記載されている彼らの言葉はごく一部です。
そこで全ての言葉をHAGLOFSのオフィシャルページ上にて掲載しました。
彼らの言葉、すなわちHAGLOFSの言葉に耳を傾けてみて下さい。

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嵐洋

2009年07月06日

HAGLOFS トレイルランナー

本日、もう昨日ですが志賀高原で行われたOSJ第6戦にHAGLOFS FRIENDSのトレイルランナー
松本大(ダイ君)と山本健一(ヤマケン)が出走しました。
そしてとんでもない快挙をやってのけました、この2人。

まずは以下の写真をご覧下さい。

pressR0014480.jpg

1位と2位は誰ですか???

そうこの2人なんと ワン ツー フィニッシュをしてしまったんです。
ダイ君は今月末にスイスで行われるダボスのレースに出場予定で、そのレースが彼にとっては少し長い42キロのコース。
それに合わせて身体の調子を確かめるための練習だったのですが、前半からずっとぶっちぎりの1位。
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(家族とともにゴールした松本)

そしてヤマケンは来月終わりにフランスで開催されるツールドモンブランに照準を合わせて、今回のレースに参戦。彼はこの日だけでなく、実は志賀では金曜日からの3連戦でそれに全て出場してしまいました。
志賀の50キロは山本にとっては短距離レースのため、モンブランに向けての練習にはならないため3日連続で出たそうです。

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(レース途中余裕の表情を見せる山本)

実はダイ君が走っている写真はありません。
チェックポイントに待ち伏せしてたりしたのですが、僕らが向かう頃には全て通過していました。
車よりも速く山を駆け上がり、駆け下っていたようです。
彼は早過ぎたのです・・・

ダイ君は後半から後続を10分近く離していたので、安心していました。
コースは高天原から奥志賀に抜け、焼額山を経由して、高間に戻りそこから寺子屋に上がり、横手(35キロ地点)に登りに行き、登ったら一気に下って行くコースです。
後半の横手ですが、あそこを滑った事がある人ならたぶんわかると思うのですが、
横手頂上の斜面ってかなりの急斜なんですが、そこを他の選手(ヤマケンを含む)は歩いて登ってきているのに対してダイ君は走って登ってきたそうです。

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(横手の坂:後ろの方に見せるのがヤマケン)

ヤマケンは横手の地獄の坂を6位通過くらいでゆっくりと歩いて上がってきたのですが、彼の得意分野は下りなので、底から一気に巻き返して行きました。
横手を登ってくるほとんどの上位選手が体力が切れ、笑う事も出来ない状況でヤマケンだけ笑いを見せていました。

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(ゴール直前のヤマケン:ゴールまで100mくらい一緒に走ろうと試みたのですが50キロ走った彼の足に僕の足が追いつく事はありませんでした・・・・)

そこで「もしかしたらヤマケンが巻き返してHAGLOFSの1位、2位もありえるなぁ」って感じていまいた。
今思うとスタート前に2人が揃った時なんとなくワンツーフィニッシュしたら面白いなっと考えていたのですが、まさか現実になるとは。。。

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(スタート直前の2人)

2人がゴールに向かってきた時にはHAGLOFSのスタッフとしてではなく、一人のファンとして応援し感動していました。久々に身体がぞくっときた瞬間でしたね。

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HAGLOFSのサポートを通して彼らの応援を出来る事にすごい感謝しています。
2人がHAGLOFSを選んでくれて本当に良かった!!


あっそうそう、この人も走っていました。

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白馬店勤務の江口さんです。
途中で僕が彼をあおってダッシュさせたせいなのか、彼はレース中間のところで股関節を痛めていたようです。
でも無事に完走していました。

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こちらヤマケンの娘の小雪ちゃん。
親父が無事にゴールに着いたら安心して寝始めました。

嵐洋


2009年07月07日

トレイルランナー 山本健一

先日お伝えしたOSJ 志賀で2位に入った山本健一からコメントが届きました。

***************************
久々のホグロフス協賛のレースは燃えます。
がんばろうってね。

今回は8月のツールドモンブランを見据えての強化合宿みたいなものでした。
しかし、3日連続でタイムを競い、「キングオブ志賀」を決める、
みたいなことを聞いたときは、自分自身スキーヤーでもあることから
絶対に出たいと思っていました。
志賀高原はシーズンはじめに必ずいっていますからね。

 さて初日ですが、群馬県の果て、野反湖を1周する15kmのコースでした。
距離が短いだけにスピーディーなレース展開となりました。
僕は足が遅いのでとてもついていけるわけもなく、しかしその中でも
全力で走りました。所々素晴らしい景色に雄叫びをあげて、トップと
約10分差の7位でゴールしました。(1位の選手は3000m障害日本代表らしい)
今回は15km障害でしたがやはり強いですね。

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 2日目は野反湖から志賀高原高天が原スキー場リフト乗り場までの20km
のコースでした。昨年は大雨だったためすごく激しいコースに思えましたが、
今回は天候にも恵まれ穏やかな志賀野反を満喫しました。しかしながら、
沼地がたくさんあり、そこに足を入れると、何かに足を捕まれたかのように
靴が脱げそうになります。あれは本当に大変です。それから笹が生い茂っているため
足下が見えずに何度もつまずき、そこでも細心の注意をはらいながら走りました。
寺小屋峰に到着すると、冬の記憶をたどり、高天が原までの距離を考えました。
あと少しだということがわかり全力でゲレンデを下りました。このゲレンデは
冬にモーグル大会で滑ったことがある斜面でした。エアは入れませんでしたが
コブを滑る感じで駆け下りました。結果はトップと約10分差の3位でした。
(1位の選手は自衛隊で生きたヘビや蛙を食べているといっていました。強すぎ。)
 
 さぁ3日目。2日間のレースを終えて、なんだかおかしなテンションになっています。
合宿最終日です。ノリと勢いでいってやる、と自分に言い聞かせ朝6時に高天が原スキー場
をスタートしました。コースは高天が原〜奥志賀〜焼額〜高天〜寺小屋〜横手山〜熊ノ湯〜蓮池の50km。僕にとって50kmはもう長くはありません!この日は嵐洋さん
いろんな所にいてくれて本当に元気をもらいました。とくに横手山。あれは助かった。
あの急登笑うしかないですから。松本大君はその坂を走っていたなんて・・・・
信じられません。
レース展開は奥志賀の入り口までは、ダイ君や松永(ノース)と話しながらまったりな
ペースで走りました。何回か渡渉しましたが、そこに架かっている橋が凍っているのか
というくらいめちゃくちゃ滑って、おもしろかったです。こけている人もいました。
奥志賀を過ぎてからはダイ君は先に行ってしまいました。このとき彼は優勝すると思いました。僕はワンツーフィニッシュできたら嬉しいなと思っていました。
マイペースを貫き通すこと40km。横手山の登りで2,3,4位の選手が視界に入ってきました。しかしここでもマイペース。まだ長いので。自分を信じ目の前のトレイルをただひたすら進みました。
ラスト5km蓮池にでたところで2位の選手に並ぶことができそのままラストスパート?
(遅いけど)してゴールしました。
ゴールではダイ君がすでに待っていて、ホグロフスのワンツーにとても嬉しくなりました。
そしてキングオブ志賀もとることができ喜び倍増です。

さぁ、次はモンブランです。

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by 山本健一

2009年07月08日

スカイランナー  松本大

OSJ志賀高原50kで優勝した松本大から フィールドレポートが届きました。

**************************

山岳ランナーの松本大です。今回のレースは7月25日のスイスで開催されるアルペン・ダボス42kに向けての練習として、特に調整をすることなく出場しました。それで、優勝できるとは夢にも思っていませんでした。ダボスへ向けての大きな自信になりました 。


スピード勝負を得意とする僕にとっては、50kmの距離のトレランは、全く違うスポーツをしているようなものでした。普段のレースは心拍数が180以上になるくらい追い込むのですが、今回はスピードは関係なく、疲労をためないで走り続けることに徹しました。前半はジョギングのような感じで余裕でしたが、後半は ジワジワと心身の疲労がたまってきて、「俺、何してんだべ?」と走ることをやめたくなる自分と、「スカイランナーの意地を見せてやる!」という自分が心の中で戦っていました。結果として、ネガティブな自分に打ち勝ち、完走(おまけに優勝)できたのは、自分の力というより、多くの方々の声援があったからだと思います。 見知らぬオッサンからも「大ちゃん頑張れ!」と応援されて、沢山の元気をもらうことができました。僕は本当に幸せ者のランナーです♪



チームメイトのヤマケンさんとワンツーフィニッシュできたことも嬉しかったです。前2日走って、それでも僕と6分差でゴールしたヤマケンさんの強さには驚きました。僕は当分は耐久系のレースをメインにはしないつもりですが、いつかはツールドモンブランにも出たいと思っているので、耐久レース系のトレイルランナー の走りを直に見ることができて、今後の競技人生を展望する上での大きなヒントを得ることができました。2人で同じレースに出ることは、当分無いと思うので、かなり貴重なレースだったと思います(笑)。


レースから2日たってもダメージが大きく、疲労は抜けていませんが、早く心身をリセットして、ダボスのレースに備えたいと思います。ヨーロッパのレベルはかなり高いですが、自分が納得いく走りをしてきたいと思います。

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(家族と友にゴール)


by スカイランナー 松本 大

2009年07月26日

スカイランナー 松本大

今月頭に志賀高原のトレイルレースで優勝した HAGLOFS FRIENDSのスカイランナー 
松本大が25日スイスのダボスで開催された 5000人規模が一同に走るスイス最大のレース
スイスアルペンマラソンダボスで2位に入りました。
詳しい情報は彼が帰国してからお伝えします。
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嵐洋

2009年08月28日

山本健一最新情報

さて、5時間後にはツールドモンブランがスタートになります。
山健はかなり身体の調子が良いようです。

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もしかしたら もしかするのかなぁ。。

今日の深夜1:00スタート。
そこから常に彼の順位をチェックできるようです。
山健のビブナンバーは 2782  
WEBサイトからリアルタイムで彼の順位をチェックできるようです。
http://www.ultratrailmb.com/accueil.php

今日は寝れないなぁ。。

嵐洋

2009年08月30日

山本健一 最新情報 Part 2

現地28日にスタートしたツールドモンブランですが、
なんと日本人が3人もトップ10内に入りました。
その中の1人は山健です!
初出場で8位になるなんて。。。

pressyamaken0830.png

*2782を入力してください。

トップとの差は3時間ほど付けられてしまいましたが、途中ぐんぐん順位を上げていく時は
かなり興奮しました。
ノースの鏑木さんと横山さんもさすがの一言。

山健がこれから何処まで選手になっていくのかが、かなり楽しみです。
帰ってきたらパーティーだな。

嵐洋

2009年09月17日

渡邊雄太 という男

彼はHAGLOFS FRINEDS の一人。
スノーボーダーで冬をカナダウィスラーで生活する贅沢なことをしています。
では夏は何やってるの? って思う方。
この人夏はスイスのツウェルマットで山の修行。
贅沢です。うらやましい。

彼はもとは山を登らないスノーボーダー。
パークとかに入っていたのかな。
スノーボードを通して山に触れるようになり、山に興味を持ち、山の知識を高め、もっと山を楽しめるようにと 夏はスイスに修行に行っているのです。
冬もただ山を滑るのではなく、雪崩講習等を開き自主的に一般の人にも山の知識を深めてもらおうといろいろと活動しています。

そんな彼ですが、つい最近スイスから帰国して会社に顔を出してくれました。
なんでも来年の5月にマッキンリーに登り滑走を試みるのだそうです。
これもまたうらやましい。。

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にぎっているのはうなぎパイ。久々の日本のお菓子に感動していました。
30日にパタゴニア神田店でスピーカでるらしいです。
興味がある方は是非。

こういう話を聞くとむずむずしてきます。
来年はどこに行こうか。。

嵐洋

2009年10月12日

ハセツネ 2009

ハセツネ行ってきました。

結果は山本健一 9位 8時間7分。
この数字を見て「あれ」と思う方多いと思います。
僕はゴールしてくれた彼を見て ほっ としました。

ちょっと前に160kを走った男が全力でまた走る。
普通なら体の状態を考え出走しないのですが、というか走れない体なので。
しかし 彼は何故 今年もハセツネを走ったのでしょうか。。

それは去年 1位となった意地。それともヤマケンを応援に来る人たちのためか。
何はともあれ、彼はヤマケンらしくコース場で応援してくれる人たちに笑顔で答え、
全力を尽くしゴールまで戻ってきました。

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いろんなトレイルランナーを見てきて思う事。
ほとんど、、ヤマケン以外の全てのランナーと言ってもよいのかもしれませんが、
みんな 走る事、ゴールする事、早いタイムを出す事に必死。
だけどヤマケンはその瞬間、自然をひたすら楽しむ事に必死なのです。

先日お会いしたシャモニーのガイドの今さんに聞いた話しですが、
現地に入って撮影を行っていたカメラマンが言った言葉があります。
「レースの取材よりも、ヤマケン1人だけを追いたい」
彼には人を引きつけるカリスマ性があるのかもしれませんね。

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嵐洋

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