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HAGLOFS : ROC 35
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HAGLOFS : ROC 35

HAGLOFS
VECTOR GLIDE
HESTRA
POC
掲載

HAGLOFS : FOSS JACKET, HAIL PANT

HAGLOFS : MOBILE POUCH

HAGLOFS : CORKER
SAIL RACING : WATERTIGHT TRUNK

HAGLOFS 掲載

VECTOR GLIDE 掲載

POC : CORTEX DH, SPINE TEE

HAGLOFS : FOSS JACKET, VIPER II HOOD, DEVO SHIRT, HAIL PANT, RAW

HAGLOFS :LIM 35, FOSS JACKET, ZAC L, COBRA JACKET, VIPER II HOOD, RE TEE,
LITE SHORTS, MID FLEX PANT

HAGLOFS : MATRIX 30, GOGA 2S

HAGLOFS : THUNDER JACKET , NEO SS SHIRT, ZAC M, MID POCKETSHORTS,
ESC VENTILATOR

HAGLOFS : RE TEE , ZODIAC SHORTS, ZEB HAT, LIM ULTIMATE JACKET, DRYBAG, MANEYBELT, LAPTOP
POC : RECEPTOR FLOW
HESTRA : 3919 MTB SHORT
企画を聞いていた時からかなり気になっていた雑誌が届きました。

TRANSIT
今回の内容はヒマラヤです。
いつかは行きたい、登りたいヒマラヤ山脈。
ちょっと前に観た映画ダージリン急行。そのダージリン鉄道も取材しています。
ちょっと山にはまっている僕としましてはなかなか満足のいく一冊です。
もう一冊はインターナショナルラグジュアリーメディア社から出版されているSEVEN SEAS。
名前のとおりラグジュアリーな雑誌を制作しているところなのですが、ある仕事をきっかけに会社のHPを見てSEVEN SEASがケニア特集をしている事を知り、厚かましいとは思いつつも、編集の人に連絡。
SEVEN SEAS実はもう廃刊になっているようです。しかもケニア特集が一番最後に出版したもので、しかもしかも完売しているようなのです。
完売しているとなるとなおさら気になる性分ですので、最近僕の中で流行っているアフリカへの熱い思いを編集の人に告げました。
すると気前よく送ってくれたのです。
ありがとうございます。インターナショナルラグジュアリーメディアの安部さん!
この本を見るとアフリカへの旅が思い出されます。
タイトルは KENYA wild at heart ケニア 野生の引力
野生の引力 ぐっと来る言葉です。
僕たちもアフリカで野生の魅力に釘付けになっていました。
さて、アフリカの行程は、
まずドバイ経由でケニアの首都ナイロビへ。日本からは乗り継ぎの時間も合わせ丸1日かかってしまいました。
ケニア山をキリマンジャロの高度順応のために先に登り、その後タンザニアに移動しキリマンジャロの旅。
キリマンジャロを登り終えた後はケニアに戻り国境間際のナショナルパーク アンボセリにて野生の動物を堪能。
その後帰国でした。
次回ケニア山から紹介して行きます。
写真はアンボセリナショナルパークにておじいちゃんゾウです。

パワーは感じられないもののずっとこのゾウに見とれていました。
嵐洋
やっとこさ、アフリカネタです。
待っていた人、別に待っていなかったよと言う人も
お待たせしました。
まず人の目がちょっとおっかないナイロビからバスで北へ向かう事4時間。
ケニア山の玄関口であるナロモルに到着します。
ナロモルでケニア山のガイドに合流し、ケニア山ピークのレナナピークまでの行程を説明を受ける。
一日目のこの日はナロモルでランチをとった後、車を乗り換え標高3000mのメットステーションまで移動。
この時目の前に現れた車が僕たちの記憶の中に凄まじいインパクトを残したのです。
遠目はかなりかっこいいジープ。
しかし近づくとおんぼろで今にも崩れそうなランドローバーのディフェンダー。
渋いといえば渋く、ヤバいといえばヤバい。けっこう危ない車である。
とにもかくにも乗らないことには旅は始まらないので、ジェットコースターにでも乗るかのような気持ちで乗り込みました。

途中、途中で、ポーターをピックしながらどんどん山の中へ。
すると突然運転手がクラクションを鳴らした。と思ったら「ビービー」連発です。
運転手あわてます。
助手席のおっさんは大笑いです。
どうやら古過ぎて耐久性のないジープがダイレクトにでっこぼこのオフロードの振動を警笛に変えているようです。
もう走っている間 ずっと鳴りっぱです。
さすがにうるさいと思ったのか車は道の真ん中に止まり、みんなで修理大作戦です。

車に乗り込みなおし、スタート。
その後ケニア国立公園のゲートで入山届けを出し車に三度乗ります。

車が走るにつれ、道はどんどん悪くなり、寸前で横にひっくり返るかというぐらい車は傾いたり、沼地でタイヤは空転したりで、息つく暇もなく冷や冷やです。
終いには、車が傾いた時にオートでドアが開きあわや運転手がハンドル握ったまま落ちそうになるハプニングも。
もうここまできたら笑うしかありません。
ジープは標高2600mくらいのところで止まり、ガイドのポールが「よし、ここからメットまで歩いて行け、準備運動だ」みたいな事を言いました。
歩く事に不満はまったくないのでしたが、もう少しジープのいかれっぷりを味わいたかったのに。。。
メットステーションまでの付きそいはガイドのポールではなく、ケニア山2回目のポーターを務めるクリス君 22歳。
彼の興味はといえば登山ではなく、ジャパンである。
やたらといろんなことを聞いてくる。
車、テクノロジー、仕事。
仕事に関してはとりわけ興味があるようで、ケニアの仕事事情と比べてはケニアでの仕事の大変さを語っている。
途中道ばたにどでかいキノコを発見。一時前の僕のキノコブームが再熱しそうでした。
でした・・・・というのは、僕がキノコ観察をしようとした矢先に、クリス君が引っこ抜いてしまったのです。

どうやらキノコに興味をもった僕を見て、ガイドじみた解説をしようとしたようである。
しかし、キノコに対して何の知識もない彼は、僕の「これ食べれるの」の質問に対し
「食べれるよ」っと自信たっぷりに言っただけで何のキノコかは言及しませんでした。。。
絶対食べれないでしょ!!
メットステーションへはガイドのポールが言っていた「1時間歩けば着くよ」という言葉にさからい「2時間程歩きました」。

メットに着くと、まずは大量のホワイトネックモンキー(簡単に言うと猿)がお出迎え。

先に到着していたポールたちは晩飯の支度を始め、クリスは紅茶とクッキーを持って来てくれました。
紅茶とクッキーを出される山登りはこれまでに経験がなく、戸惑いましたが、もっと戸惑った事が。。
彼らの牛乳パックの置き方が必ず横向きなのです。
これは絵がないとなかなか伝わらないと思いますが、
細長い牛乳パック、口は上にあり、普通・・・日本的な考え方でいくと、
こう置きます。
しかしケニアチームは

このように置くのです。誰がやってもこうなるのです。
う〜んなぜだろう。
こんな事はどうでも良いのですが、以外と心地の良いメットステーションの小屋。
想像していたそれよりもおしゃれ感が漂います。

バナナがメインな晩飯を食べ終え、時間の空いた僕たちはクリスを呼び止めスワヒリ語の練習。
ここで覚えた1つの言葉がこのアフリカの旅でけっこう重宝したのです。
それは [ Kukojoa :クコジョア ] であります。
意味は「おしっこ」。
顔を歪ませ二回言うと効果的です。
とまあこんな感じで夜が更けて行くのですが、かつて植村直己も登ったケニア山。
彼がここを訪れた時に恐れていたもの、それは野生の虎だそうです。
現在はたぶん完璧にレンジャーに管理されているだろうケニア山は安全なのでしょうが、
小屋の外から聞こえる種々様々な動物たちの声は以外とゾクっとします。
後半へ続く。
嵐洋
昨日携帯を先輩が乗る車に忘れ、久しぶりに公衆電話の中に入り10円玉を握りしめていました。
公衆電話って誰が使ってるんだろってくらい、携帯が普及しているこのご時世ですが、やはり公衆電話の存在は偉大です。
さてそんな携帯電話、ケニアの人たちも普通に使用しています。
そして山深い場所でも、標高の高いところでもピコピコしています。
日本でも山の中だと使えるところ少ないのに。
以外とケニアの方が進んでいるのでしょうか。
さてそんなケニア山2日目、
メットステーションを6時頃に起床し8時出発。
標高差1200mのを一気に上がり4200mのマッキンダーズキャンプまで。
ケニア山ではポーターが3人つきます。
僕らの荷物、食料、水、食器など、けっこうな量です。
クリスのような若手の者から、おじさんまでいろんな人がポーターをしているのですが、
そのなかの1人ジョンじいさんはすごいのです。
初日、彼に会った時のこと、
彼はランニングをしてから車に乗り込みました。
トレーニングです。

そして、ポーター3人のうち一番の古株で、一番重い荷物を持ちます。
そして一番早く山を上がって行きます。
年を聞くと58歳。
じいさんと呼ぶには若すぎる年ですが、見た目がかなり老けているのです。
ケニア山は前評判通り、ここアフリカなのって思える程アマゾンのような熱帯雨林が麓に広がっています。
足下はドロドロ、ヌメヌメの湿地帯。
ちょっと気を緩めると『ツルン』っとやっちゃいます。
2時間程そんな場所を歩き、開けた尾根に出ました。

この時点で標高3700mくらい、日本ではとっくに森林限界を超えています。
ここケニア山ではアフリカ特有の強靭なジャイアントロベリアと呼ばれている植物が
ガツガツと生えわたっています。
12:30pm
予定よりも30分程早くマッキンダーズに到着。
しっかりとした佇まいの小屋に入ると落ち着いた雰囲気の空間に無骨なテーブルが並び、部屋には一部屋20人ほど就寝できる二段ベッドが並べられていました。

ガイドのポールもさすがに少し疲れたようです。
イスにどかっと座るとそのまま腰を動かしませんでした。

ケニア山のピークレナナピークは標高4985m。このキャンプ地からの標高差700m程。
意外と対した事はありません。
深夜2時に出発と聞かされ、それまでにゆっくりしておこうと横になるのですが、このあたりから体に違和感を感じました。
そう、人生初の高山病です。
体調は問題なくキャンプ地に着くまではなんともなかったのですが、何故か動いていないと脳が揺れているような感覚になりました。
それは次第に風をこじらせた時のように鐘の音が頭全体に響くようになり、しばらく横になっていないと駄目な状態になりました。

小屋の外には4200mという高地でも元気に動き回るマウンテンハイラットと呼ばれる
でかいネズミがやたらといます。

こいつらは人間に慣れているのか、何も考えていないのか、少し近くにいっても逃げませんでした。可愛い奴らです。
大きくするとこんな顔してます。

かなりお腹が減っていたのですが、毎回出てくるこのスープ。クノールのスープみたいなのですが、とりあえず濃く、不味い。そこにバナナ、そしてパサパサのパンに味のない蒸し野菜。
けっこう気持ち悪くなり、食が進まなくなります。

2日目のランチ時点で、少量の選抜された果物しか喉を通らなくなりました。
このマッキンダーズキャンプの名前ですが、何十年も前にイギリスの登山家ハルフォード・マッキンダーズがケニア山の主峰バチアンを初登頂した時にキャンプを張っていたことから名前がついたようです。
天気が良ければそのバチアンの勇ましい岩峰が見えるようなのですが、ずっとガスがかかっています。
天気は悪くなく朝から晴れていたのですが、次第に雲がかかり、雨が降り、いきなり雹に変わりました。
なんとなく明日が心配になります。
そしてその心配は見事に的中。
1:30頃、ポールが少し寝坊した僕たちを起こすと「外に来てくれ」
扉を開けると、そこは白銀の世界に変わっていました。
なんと全日に降っていた雨は雹に変わった後、また雨に戻り、また姿を変えて雪になってしまったのです。
ポールはしきりに「こんな状況で上にあがっても何も見えないよ。しかも体中ベタベタになり、寒いだけ。」っとしきりに連発します。
そうとう登りたくないようです。
こちらとしましてはケニア山はあくまでもキリマンジャロのための高度順応のためにトレーニング。しかし植村直己も登った頂を目の前にして「はい、止めましょう」とは簡単に口から出ません。
ただ外を見ると雨まじりの雪が大粒となって降り続けています。
この時点で体調は回復しており、頭の頭痛も消えていたのですが、なんとなく気持ちが乗っていませんでした。
で、僕たちが決断したのは 断念 でした。
眠かったんです。
寒かったし。
というのもありますが、メインはキリマンジャロであって、この山ではない事、無理して体調悪くしたくなかったことが理由です。
ポールに「では、朝天候が回復していたら少し上まであがり、ケニア山を眺めに行こう」その言葉を後にしてぬくぬくの寝袋に飛び込みました。
朝6時、目を覚ますと外は少し雲にかかっているとはいえ、雪は止んでいました。
全日まで広大な砂漠地帯が広がっていたのに、朝になってみるといきなり白一色の世界。
色が変わっただけなのに、全く異なる世界に来たようで不思議な感覚になりました。

約2時間程ハイクして標高4640mのTwotan湖に着き、目の前にはケニア山岩峰が立ちはだかっていました。
最近はやはり温暖化の影響もあり、このアフリカの氷河がも少しづつ交代しているようです。
その氷河が少しずつ溶け、この湖を作り出しているようです。
バチアンの頂は薄くガスがかかっており、最後の最後まで姿を表す事はありませんでした。
僕たちはそれを『また登りに来い』って意味なんだと素直に受け取り、山を降りました。
いつここにまた来れるか分からないけど、もしまた来る機会があるのであればレナナピークだけでなく、バチアンを登りたい、そう強く思いながら またボロボロのランドローバーに乗り込みました。

嵐洋
携帯が「プップ」となりとってみると、チェスキー日本代表の狩野君からです。
近くまで来ているから挨拶をとのこと。
狩野君は今シーズンからHESTRAとPOCでサポートが決まった選手で次回のパラリンピックでもメダルが濃厚な選手です。
会社にはこれまたHESTRAでサポートしているチェスキーの森井君。
彼は世界でトップクラスというより実質トップの選手です。
2人の腕を見せてもらうと、僕の5倍くらいの太さがあり、プロレスラー並みの筋肉が光っていました。
ベンチプレスは余裕で100kあげるそうです。恐るべし。
シーズン報告を聞き終え、彼らはおもむろにある者を出してきました。

左:狩野君 右:森井君
人生で一度もメダルなんかもらった事のない僕に対して自慢するかのように
数々のタイトルを総なめにしたメダルたちです。
真ん中に輝いているのはクリスタルトロフィーです。
彼らの扱いが雑もいいとこで、見てるこっちが冷や冷やしました。
で、その夜は4月にお世話になった屋久島のガイド田平さんご夫妻です。
昼間会社に来てまじめに仕事の話を終わらし、屋久島にいるときから決めていた深山でご飯。
焼酎をかる〜く飲み始めた2人でしたが、旦那のほうはけっこう弱かったようで、奥さんが微笑む横でグロッキー状態になっていました。

奥さんは酒が入っていないとやさしい方なのですが、酒が回ってくるとまず、僕の呼び方が「嵐洋君」から「嵐洋」にかわり。
上から目線で話をしてくるようになります。
最後の方では旦那を先にホテルに帰らし、一緒に行った営業部の小嶋さんたちと終電近くまで飲んでいたそうです。
面白い方です。
屋久島の話ですが、9月にHAGLOFS QUEENS LESSONを行います。
女性の方限定のイベントで、縄文杉を見に行き屋久島について学び、沢で遊んだり、浜の清掃活動をしたりと、ただの山登りツアーではなく、屋久島を通して自然を学ぶエコツアー。
詳しくはまた後ほどご連絡しますね。
では。
嵐洋

HAGLOFS : 多数掲載

SAIL RACING : XLOADER TOILET BAG

HAGLOFS : LIM OZONE JACKET

POC : RECEPTOR FLOW

SAIL RACING : 多数掲載

HAGLOFS : WATATAIT DRYBAG 5, 10
ケニアのホテルで滞在しているときでした。
暇つぶしでテレビを見ていると面白いCMが流れました。
男がいつかは味わってみたい気持ち。
http://www.youtube.com/watch?v=RkPZnZS-vhs
ケビン・コスナーが渋過ぎます。
こんな親父になりたい。
僕が乗り込んだのはエミレーツ航空ですが、
こんな事があったとかなかったとか。
ふぃ〜る らいく あ すた〜あ〜♪♪
嵐洋